月の砂漠をホーリーボルト

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エレ片を聴け
  落語を聴きながら眠りに落ちる習慣を10年以上も続けていた。
 談志、小三治、志ん朝、志ん生、文楽、圓生、そして金馬。同じ音源を何十回聴いても飽きることがない。それどころか聴きなおすたびに新たな発見がある。伝統芸能の底力を感じつつ、笑い顔のまま眠るのは気持ちのよいものだ。

 その習慣が、変わった。
 ここ半年ほど、寝るときに聴いているのはエレ片のPodcastだ。配信開始以来、欠番となっている1回ぶんを除いて、すべての回をiTunesで入手できる。ありがたい世の中である。
 配信開始が2006年の4月で、以来週1ペースで追加されているから、すでに150回を超えるライブラリーとなっている。
 日付の古い順に、一日に2〜3回ぶんを聴く。最新のものまで聴いてしまったら、第一回に戻ってまた聴く。それを繰り返し、すでに5週目に入ってしまった。でも、いっこうに飽きない。


 

 もちろん、落語の「飽きなさ」とエレ片の「飽きなさ」は同じではない。
 落語のそれは、確固たる土台のうえに築かれた安定感のある「飽きなさ」だ。かたやエレ片のそれは、本来ならその場の空気とともに流れて消えるバカ話がたまたま消えずに残っていることを慈しむような、はかなげな「飽きなさ」だと感じている。

 エレ片は3人組のユニットである。
 エレキコミックのやついいちろうと今立進に、ラーメンズの"頭脳じゃないほう"もしくは"プレイヤー"の片桐仁が加わった、同じ事務所に所属する3人。
 この3人のバカ話が、おもしろい。じつにおもしろい。何度聴いてもおもしろいのだ。

 トークのテーマは毎回変わるが、基本的には"モテない男どうしの他愛もない話"。
 メンバーの3人はすでに30歳を超えているし、片桐仁にいたっては妻子持ちなのだが、まるで童貞の中学生が、まだ見ぬ女体への憧憬と欲情を遠慮がちに見せあっているような、じつにほほえましいエロ話。もちろん、単にほほえましいだけではなく、そこにはプロの技術がうっすらと見え隠れしている。しかし、その"プロの部分"が悪目立ちしないのが、聴いていて心地よい。バランスが良いのである。

 バランスといえば、この3人のバランスがすばらしい。
 天使の片桐仁、トリックスターのやついいちろう、普通人の今立進。
 片桐仁は、パンツにうんこがついてしまってもそれを隠さない。「嫁さんに怒られちゃうなあ」と、収録中に本気で落ち込む。嫁さんに黙っておくことすら思い浮かばないらしい。他のふたりがおもしろいことを言うと、本気で笑い転げ、しまいには泣き叫ぶ。プログラムとしてのバランスなど眼中にないかのようで、苦手なジャンルの話題では黙りこむし、得意なことについてはいつまでも早口でしゃべり続ける。
 やついいちろうは、つねに仕掛け続ける。あらゆる事象を笑いに転換しようと試みる。やついは試み・企みに加えて、技術も備えている。
 やついはまず、種を蒔く。芽が出ればやついが不利益を被るような種を蒔く。結果、やついは周囲から非難されることになるが、そこでやついはキレてみせる。そして、やつい独特の啖呵によって周囲の空気が凍り始める直前に、張本人のやつい自身が底抜けに明るい声で笑うことで場を救うのである。はたから見ればやついのひとり損なのだが、その一連の流れが見事な芸になっている。
 やついは知性を見せないインテリでもある。名前を挙げるまでもなく、笑芸人が知性を無遠慮に前面に出すと救いようのないほど野暮になるものだが、やついは知性を感じさせつつも、けっして野暮にならない。愛嬌のある容貌に隠して"ヤラせることに長けた女"などという鋭いフレーズを放つのがやついいちろうである。
 静的な片桐仁と動的なやついいちろう。強烈な存在感のあるこのふたりのボケに突っ込む普通人が今立進だ。滑舌がよく、アナウンサー的な資質を持ちながら頭の回転も速い。話の流れのなかにツッコミのポイントを見出すと、今立の目が光るのが、音で聴いているだけてもよくわかる。そのツッコミに気づいているのに、なにもなかったかのように流すやつい。無邪気にそのフレーズを繰り返して結果としてフレーズ泥棒になる片桐仁。このバランスがじつによいのである。"間"を楽しませてくれるという点では、落語に通じる。このあたりが"飽きなさ"の正体だろうか。

 3人組の常態は、2対1の構図である。
 エレ片の場合、片桐仁とやついいちろうの"モテない組"vs今立の構図を取っている。しかしときに片桐が今立側に寝返ることがあり、また、やついと今立のエレキコミック組が片桐を責める立場にまわることもある。それぞれの2対1にそれぞれの味があるのだが、エレ片の魅力が最大限になるのは、なにかのきっかけで3人が同じ方向を向き、2対1の構図が消えて三位一体となる瞬間だ。
 やついいちろうと今立進は、つねに2対1を意識していると思える。しかし、ふたりの思惑を超えて、突如として現れる三位一体の瞬間。これこそがエレ片リスナーの醍醐味だろう。

 以上、すべて理屈である。

 実際のところ、やついいちろうがどこまで計算しているのかはわからないし、片桐仁の天然ぶりが演技でないとも言い切れない。でも。

 たまたま入ったファミレスで、隣のテーブルに3人連れの男がいた。やたらと笑う奴、いきなり怒りだす奴、仲を取り持つ奴。うるせえなあと思っていたが、聞くとはなしに聞いた話の中身が妙におもしろい。いつのまにか耳をそばだてている自分に気づいた。店を出て行く3人の背中を見送りながら、こういう奴らに幸せになってほしいもんだなあ、と思った。

 てな感じが、エレ片である。

 エレ片を、聴け。

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