月の砂漠をホーリーボルト

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明日も日曜日―――――『よつばと!』(あずまきよひこ)

8巻まで出てます

 偏見や先入観がじゃまをして、よいものと出会い損なうことがある。わしはマンガでこのケースが多い。「子供の読む雑誌」と決めつけて少年ジャンプを敬遠していたため『HUNTER×HUNTER』や『DEATH NOTE』との出会いが何年も遅れた。もっとさかのぼれば小学館漫画賞を取るまで『ARMS』も皆川亮二のことも知らなかった。サンデーは「マンガおたくが作ってる雑誌」という偏見がじゃましていたためだ。あ、挙げた3つのタイトルがすべて横文字ですね。

 しかし、出会い損なっていた、は過去完了形である。いまはもう出会ったあとだ。怪我の功名で、初めて読んで「こりゃあいい!」と思ったとたんにまとめ読みできる。こんなにいいものを知らずに生きてきたという恥ずかしさと、まとめ読みの幸福感が混ざった、妙な興奮を味わえる時間だ。

 いま、久しぶりにその興奮に包まれている。あずまきよひこの『よつばと!』である。あずまきよひこという名前は『あずまんが大王』の作者としてなんとなく知っていたが、作品を読んだことはなかった。どんな絵を描く人なのかすら知らなかった。『あずまんが』というフレーズに、どこか甘ったれた空気を感じて「ケッ」と無視していたのだ。おまけにどこかで「"萌え"のテキスト」的な評価が与えられていると聞き、おたく大嫌いなわしにとってあずまきよひこ=忌避するもの、であった。絵すらも見たことがないのに。先入観おそるべし。
 『よつばと!』を読むきっかけをくれたのは、週刊文春に載っていたいしかわじゅんのコラムだ。わしはいしかわじゅんをマンガ評論家として信頼している。『漫画の時間』はウロコを何枚もわしの目から落としてくれたし、「実作者ならではの具体的な評論」には、落語を語るときの立川談志に通じるものを感じている。『よつばと!』を紹介した週刊文春のコラムに載っていた作品の1コマ(よつばがTシャツをジャミラに着て、両手を広げて走っているコマ)には何も感じなかったのだが、いしかわじゅんの「この漫画が面白くない人は、想像力のない人だ」の一文が気になって、1巻を買ってみることにした。

 想像力テスターってのはどんなもんだい? てな気持ちで分析するように読み始め、10分後には「ごめんなさい、私がまちがってました」。面白い。楽しい。そしてなにより読んでいて気持ちいいのだ。これはよいものだ。「よい」って言葉がこんなにしっくりくるマンガは見たことがない。

 どこがよいのか。まず、丁寧である。絵が丁寧。人物の造形が丁寧。台詞が丁寧。伏線の張り方が丁寧。素人目にも資料写真の撮影がたいへんだろうと心配になるほどデッサンが正確で、家、部屋、車、町並み、そして人物のプロポーションがしっかりと描かれている。とは言ってもリアルさの押し付けがなく、すべてがすっきりと描かれているので、読んでいて疲れることもない。マンガ的な誇張や省略などの修飾は人物の首から上に集中しているのだが、土台となるプロポーションや背景のゆるぎのなさが支えているから、ときとして記号レベルにまで簡略された表情が活きてくる。高く飛ぶまえには身を屈めることが必要だが、同時に土台が堅牢であることも大事なのだ。

 さらにこのマンガがすごいと思ったのは、視点の複雑さ、カメラワークの柔軟さだ。主人公はよつば。海外から養子として日本に来た5歳の女の子だ。このマンガではよつばの目に映った角度で背景や人物が描かれることが多いが、よつば以外のキャラクターの目を通して世界を見ることができるような仕掛けや余白がきちんと作られている。よつばに感情移入すれば、発見と刺激に満ちた日々の生活を楽しめる。しかし、同じシーンでも、翻訳家でいつも家にいるとうちゃんから見れば違った景色になるし、よつばが毎日遊びに行くお隣さんの一家(おかあさん、大学生、高校生、小学生の3姉妹)のそれぞれに感情移入することもできる。とうちゃんの親友で210センチの巨漢のジャンボ、ふたりの後輩でよつばの敵であるやんだ。彼らの目をカメラとして借りることもできるし、そうしてみることで『よつばと!』の世界はどんどん広がるのである。このマンガの登場人物を相関図にすれば中心はよつばなのだが、読む側が心の中で中心をほかの誰かに移すことで、世界の色合いが変わってゆくのだ。
 わしの娘が3歳の頃、保護者会で「保育園では娘を理不尽な目にも合わせてほしい」と発言して若いお母さんたちにぎょっとされたことがある。娘はひとりっ子で、近所に年の近い子供もいなかった。娘が付き合うのは大人ばかりで、大人は子供に対して理不尽なことはしない。せめて保育園では娘の感情を、大人にはできない角度から刺激してほしいという意図だった。こんなことを考える大人には、『よつばと!』はたまらない作品だ。
 いしかわじゅんは「この漫画が面白くない人は、想像力のない人だ」と書いたが、わしは「想像力を駆使する楽しみが好きな人なら、このマンガはたまらなく面白い」と言い換えておこう。(2027字)
| 『よつばと!』感想 | 19:36 | comments(2) | trackbacks(0) |
わかりました。読んでみましょう。
ただ、想像力のない人だって言われると、途端に逆のことを言いたくなるヘソ曲がりだけに、少し心配です。
| がいきち | 2008/09/07 2:44 AM |
>がいきち
 どれだけ理屈を並べたところで、「好き嫌い」がいちばん強い。楽しめるといいですね。
| ナゾベーム | 2008/09/07 8:17 PM |









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