月の砂漠をホーリーボルト

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追悼 三遊亭円弥
 一週間も経ってから、円弥が5月29日に亡くなったことを知った。

 享年69。意外だった。もっと若いと思っていた。

 とくに好きというわけでもなかったが、寄席にこの人が出ていると得をした気分になれた。好ましい噺家だった。
 地の顔は大魔神のような強面だが、にこやかな表情でそれを包む柔らかな高座だった。それでも時折演技の下から地の強さがにじんでくるようで、勝手に奥行きを感じていた。

 浅草演芸場の8月中席は住吉踊りの特別興行。
 亡き志ん朝が中心となっての興行だったが、噺家らしい踊りの志ん朝と対を成すような、この人の本格の踊りは見応えがあった。
 直径1メートルもあろうかという福助のかぶりものをつけ、足を折ったつま先だけを袴の裾から出し、そのつま先でちょこちょこと踊る姿には爆笑させられた。、あんなことのできる人もそうはいないだろう。とんぼを軽く切る姿にも驚かされた。老け顔の50代だと思っていた。

 住吉踊りの最中は、どの噺家も短めな高座で時間を詰めるのが常だ。
 しかし志ん朝が亡くなった年に見たこの人の『三十石』は、円生があの世に持っていってしまったとばかり思っていた、長すぎる謎かけのくだりをたっぷりと聞かせてくれた。

 鳴り物の名手とも聞く。『円生百席』にも例外なくこの人の名がクレジットされている。

 円弥の形をした大きな穴が、落語界にぽかりと開いた。
| 落語 | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) |